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「優」という評語
  
 俊成は歌の評語として「優(ゆう)」をよく用いている。嘉応二年(一一七〇)十月九日に催された住吉社歌合の「旅宿時雨」の廿四番、賴政の歌に与えた評詞をみてみよう。
 旅の庵は嵐にたぐふ横時雨(よこしぐれ)柴のかこひにとまらざりけり
                         源 賴政
   ことざま、詞づかひ、をかしくは見ゆるを「横時雨」さはある
   ことながら、優にしも聞えずやあらむ。
 つまり、「横時雨」という言葉は、ふつうに通用している言葉であるが、この歌の中では「優」に聞える言葉ではないと述べている。日頃、賴政の歌を高く評価している評者にしてはかなりきびしい。
 では、「優」とはどういう美質を含みもつものなのか。多くの辞書は、①やさしいこと、②みやびやかなこと、③のどやかであること、④巧みであること、などの意味あいをあげている。「優」は源氏物語にもよく登場する美意識で、王朝全盛期のおおどかな優美さを愛(め)でる言葉である。
 俊成の判詞では、一首を全体として捉えた時の「心姿(こころすがた)」「姿詞(すがたことば)」に次いで、「優」は目立つ評価である。五十代の俊成の理想にあった歌は、心深く、姿がととのったものに、用語や、ことばのつづきがらなど、情趣構成がうまくいって「優」であることが大切に意識されていたようだ。
 しかしまた、もう一度立ち止まって「優」という評語のある歌をみてゆくと、「優」の評価は必ずしも「優なり」ではなく、「優に聞こゆるを」とか、「優に見ゆるを」というように、後続のことばに批評のことばをつづける場面もあり、全面的にほめているとは言えないことも少なくない。
 歌合という場面で、さまざまな立場の人が顔を合せたり、作法の異なる人の歌を評する場面が生れたりするのは当然である。こうした時の判者としては、まず広い理解度を見せるために、ある部分を愛(め)でて「優」と評価しておいてから批評するという微妙な面白さもあるだろう。人と作品と評者の絡み合いは、昔も今も似たようなところもある。
 とはいえ「優」という歌評のことばは、いつから用いられはじめたのであろう。これには追及が必要だが、中世に先立つ王朝の美意識の感性的な受け止め用語として「優」は多くの要素を含みうる絶妙なことばだと思われる。ついでながら治承三年十月十八日に催された右大臣家歌合に、清輔没後に初の判者となった俊成は全六十二首の歌に対し「優」の判詞をほめ詞として八回にわたり用いている。

※ ( )は前の語句のルビ